不思議な縁 [CM]
少し前に、僕の上司のことを書きましたが、
その方のことを、もう少し書いてみようと思います。
この上司とは、不思議な縁がありました。
僕は入社前に、この上司と新宿の末広亭で偶然出会ったことがあるのです。
学生時代、落語に特段の興味があったわけではないのですが、
その日は映画館で観たいと思う作品がなかったので落語を観に行ったのだと思います。
寄席の客席で隣を見ると、先日、入社の面接を受けたプロダクションの方が座っていました。
一次面接を受けた直後だったので顔を覚えていたのです。
軽く挨拶をすると、その方も僕を覚えていたようでした。
ところが二次面接の後、紀伊国屋ホールの落語名人会で、またその方に出会いました。
その時は何か言葉を交わしたと思いますが、はっきり覚えていません。
たまたま出かけた寄席で、面接の期間中に2度も続けてその方に出会ったのです。
その方は、僕を落語を勉強している若者だと思ったのでしょう。
妙な誤解がきっかけで、僕はその会社に入ることになりました。
入社後、その方が僕の上司になり、僕は1年間彼に付いて助手をしていました。
上司はコメディの名手で、いじましくて粗忽な人間を描かせると、
誰にもまねできない独特の世界観を持っていました。
それらの引き出しは、古典落語に対する造詣の深さからきていたように思います。
コメディは作劇の基本です。
笑わせることによって、観客を作者のねらいに引き寄せることができるので、
作劇においてはとても重要な要素なのです。
僕は他人のユーモアを解することはできると思っているのですが、
自分からユーモアを発することはできない性質です。
おまけに仏頂面ですから、初対面の人は僕に対して強く警戒感を持ちます。
それをカバーするために、笑顔の作り方をいろいろやってみましたが無駄でした。
僕にコメディ作りの能力がないことに気付くと、上司の風当たりも強くなってきました。
ある種の誤解があって会社に入ってしまったので、
コメディの企画を作れない僕に、上司は相当失望したようです。
一緒に企画をやると、よく感想を求められました。
上司の企画は、独特の行間を読めないと面白さがわかりにくく、
正直、どこが面白いのか僕には分かりませんでした。
ところが、上司が企画を説明しはじめると、その行間に秘められた独特のニュアンスが輝きだし、
その面白さに周囲が圧倒されてしまうのです。
あっ、そういう企画だったのかと後になって気づくことがよくありました。
上司は、コンテを説明するのではなく演じてみせるのです。
その演技力は、普通のタレントでは太刀打ちできないほど上手かった。
上司が演じてみせると、周りにいる者は思わず爆笑してしまいます。
そして、代理店やクライアントに、とてつもなく面白いCMができあがるのでは、
という期待を抱かせます。
それは、プレゼンというより一種の名人芸でした。
映像演出法は、人によっていろいろやり方がありますが、
上司のように台詞回しや表情、動きを完璧に演じてみせる監督はいない。
そのやり方は的確にイメージを伝えやすいが、
タレントが上司の要求に応えられない場合、作品が失敗作になることもありました。
「監督が自分でやったほうが面白いんじゃないですか」
そう言って、不快感を表すタレントもたくさんいた。
大物タレントだろうが子役だろうが、テイク30ぐらいは平気で撮影する。
時には、テイク70に及ぶこともあった。
僕はカチンコを打っていたから、よく覚えている。
同じ芝居を70回も演じるわけだから、タレントはあきらかに気分を害してしまうのだが、
上司はそんなことではめげません。
自分の型にはまるまで何度も撮影する。OKを出しても欲を出してさらに撮影する。
そして、自分の演技を越えられないタレントを怒鳴ったりすることもあった。
怒鳴られなかったタレントは夏目雅子だけでした。
京都で夏目雅子を撮影していた時に、こんなことがありました。
夏目の演技は可もなく不可もないな、と僕は思っていたので、
上司はまた怒鳴るだろうと思っていたが、その時はめずらしく機嫌がよかった。
演技以外に、上司の心をとらえるようなところが夏目にあったのだろう。
浴衣姿の夏目が下駄を脱いで、池の水に片足を入れるというアップを撮っていた時のことです。
池の縁石の足場が悪いため、僕は夏目の横で彼女の帯を両手で支え、
夏目は、片足立ちのバランスをとるために、僕の肩に手を添えていました。
その様子を見ていた上司は、急に撮影をやめてしまったのです。
夏目を支える僕の役目が気に入らなかったのだと思いました。
上司は、夏目雅子に惚れていたようでした。
少年のような上司の純情さを垣間見た思いがしました。
思い返すと、この上司とはいろんな思い出があります。
僕は頼りにならない助手でしたが、上司からはいろんなことを学びました。
でも、そういうことは後になって気づくのです。
僕が長い間、仕事を続けられたのは、
あの日、あの寄席で、あの方に出会ったことがきっかけだったのではないかと思うのです。
まったく不思議な縁です。
現在は、映像学校の主任講師をしておられるようです。
数年前、イッセー尾形のライブで、偶然お見かけして以来会っていませんが、
久しぶりに叱責を受けてみたいなぁ、とも思います。
数少ない僕のコメディCMです。
その方のことを、もう少し書いてみようと思います。
この上司とは、不思議な縁がありました。
僕は入社前に、この上司と新宿の末広亭で偶然出会ったことがあるのです。
学生時代、落語に特段の興味があったわけではないのですが、
その日は映画館で観たいと思う作品がなかったので落語を観に行ったのだと思います。
寄席の客席で隣を見ると、先日、入社の面接を受けたプロダクションの方が座っていました。
一次面接を受けた直後だったので顔を覚えていたのです。
軽く挨拶をすると、その方も僕を覚えていたようでした。
ところが二次面接の後、紀伊国屋ホールの落語名人会で、またその方に出会いました。
その時は何か言葉を交わしたと思いますが、はっきり覚えていません。
たまたま出かけた寄席で、面接の期間中に2度も続けてその方に出会ったのです。
その方は、僕を落語を勉強している若者だと思ったのでしょう。
妙な誤解がきっかけで、僕はその会社に入ることになりました。
入社後、その方が僕の上司になり、僕は1年間彼に付いて助手をしていました。
上司はコメディの名手で、いじましくて粗忽な人間を描かせると、
誰にもまねできない独特の世界観を持っていました。
それらの引き出しは、古典落語に対する造詣の深さからきていたように思います。
コメディは作劇の基本です。
笑わせることによって、観客を作者のねらいに引き寄せることができるので、
作劇においてはとても重要な要素なのです。
僕は他人のユーモアを解することはできると思っているのですが、
自分からユーモアを発することはできない性質です。
おまけに仏頂面ですから、初対面の人は僕に対して強く警戒感を持ちます。
それをカバーするために、笑顔の作り方をいろいろやってみましたが無駄でした。
僕にコメディ作りの能力がないことに気付くと、上司の風当たりも強くなってきました。
ある種の誤解があって会社に入ってしまったので、
コメディの企画を作れない僕に、上司は相当失望したようです。
一緒に企画をやると、よく感想を求められました。
上司の企画は、独特の行間を読めないと面白さがわかりにくく、
正直、どこが面白いのか僕には分かりませんでした。
ところが、上司が企画を説明しはじめると、その行間に秘められた独特のニュアンスが輝きだし、
その面白さに周囲が圧倒されてしまうのです。
あっ、そういう企画だったのかと後になって気づくことがよくありました。
上司は、コンテを説明するのではなく演じてみせるのです。
その演技力は、普通のタレントでは太刀打ちできないほど上手かった。
上司が演じてみせると、周りにいる者は思わず爆笑してしまいます。
そして、代理店やクライアントに、とてつもなく面白いCMができあがるのでは、
という期待を抱かせます。
それは、プレゼンというより一種の名人芸でした。
映像演出法は、人によっていろいろやり方がありますが、
上司のように台詞回しや表情、動きを完璧に演じてみせる監督はいない。
そのやり方は的確にイメージを伝えやすいが、
タレントが上司の要求に応えられない場合、作品が失敗作になることもありました。
「監督が自分でやったほうが面白いんじゃないですか」
そう言って、不快感を表すタレントもたくさんいた。
大物タレントだろうが子役だろうが、テイク30ぐらいは平気で撮影する。
時には、テイク70に及ぶこともあった。
僕はカチンコを打っていたから、よく覚えている。
同じ芝居を70回も演じるわけだから、タレントはあきらかに気分を害してしまうのだが、
上司はそんなことではめげません。
自分の型にはまるまで何度も撮影する。OKを出しても欲を出してさらに撮影する。
そして、自分の演技を越えられないタレントを怒鳴ったりすることもあった。
怒鳴られなかったタレントは夏目雅子だけでした。
京都で夏目雅子を撮影していた時に、こんなことがありました。
夏目の演技は可もなく不可もないな、と僕は思っていたので、
上司はまた怒鳴るだろうと思っていたが、その時はめずらしく機嫌がよかった。
演技以外に、上司の心をとらえるようなところが夏目にあったのだろう。
浴衣姿の夏目が下駄を脱いで、池の水に片足を入れるというアップを撮っていた時のことです。
池の縁石の足場が悪いため、僕は夏目の横で彼女の帯を両手で支え、
夏目は、片足立ちのバランスをとるために、僕の肩に手を添えていました。
その様子を見ていた上司は、急に撮影をやめてしまったのです。
夏目を支える僕の役目が気に入らなかったのだと思いました。
上司は、夏目雅子に惚れていたようでした。
少年のような上司の純情さを垣間見た思いがしました。
思い返すと、この上司とはいろんな思い出があります。
僕は頼りにならない助手でしたが、上司からはいろんなことを学びました。
でも、そういうことは後になって気づくのです。
僕が長い間、仕事を続けられたのは、
あの日、あの寄席で、あの方に出会ったことがきっかけだったのではないかと思うのです。
まったく不思議な縁です。
現在は、映像学校の主任講師をしておられるようです。
数年前、イッセー尾形のライブで、偶然お見かけして以来会っていませんが、
久しぶりに叱責を受けてみたいなぁ、とも思います。
数少ない僕のコメディCMです。