感動のメカニズム [CM]
台風8号が去った日の夕方、南東の方角に二重の虹がかかっていました。
「こんな虹は初めてだわぁ・・・感動的ねぇ」
縁側に座って虹を見ていた母が、ポツリとつぶやきました。
「感動って、何だと思う?」
新入社員のころ、上司が私に訊いてきました。
ふいな問いかけに、私は口ごもりました。
上司は、そんな私を試写室に連れて行き、1本のテレビコマーシャルを見せてくれました。
原っぱのようなところで、10歳ぐらいの子供たちがサッカーをやっている。
元気に動き回る一人の少年を、キャメラは追いかける。
その少年は器用にボールを操り、次々にディフェンスをかわしていく。
ファールで倒されても元気に起き上がる。
少年は、ボールを追いかけて、ただひたすらに走り続ける。
そんな少年のハツラツとした表情が、ストップモーションになり、タイトルが現れる。
「この少年には、両親がいません。
ブラジルには何かの事情で両親のいない子供たちが〇万人います。
あなたの善意が、子供たちの未来を作ります」
正確な文言は忘れてしまったが、そんな内容だったと思う。
そのCMは、両親のいない子供たちのために募金活動を促す、ブラジルの公共広告でした。
「憐みを誘う場面が出てこないところがいいですね」
そんな感想を私は述べた。
「そこだ。ふつうに考えれば、悲劇的な運命に涙を浮かべた少年を描こうとするだろう。
だけど、それをやっちゃうと人の心には届かない。つまり感動のメカニズムは作動しないんだ。
憐みや同情で、人は感動しない。前向きに生きようとする健気さこそが人を感動させるのだ」
上司は、饒舌にまくしたてた。
なるほどと思った。
前向きに生きようと健気にボールを追う少年の姿だからこそ、私の心も動いたのだろう。
感動とは、そういうものかもしれないと思った。
健気であることは、どうしてこんなに私たちを揺さぶるのだろう。
梅雨空にかかった二重の虹を見て、母は何を感じたのだろう。