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思い出の映画館 その2 [映画]

男と女.jpg
映画館のバイトの話の続きです。

映写技師をしていたMさんは、学生運動をしながら大学で「映研」をやっていた映画青年だった。

ゴダール、パゾリーニ、アントニオーニなどのヨーロッパ系アートフィルムの作家たちの映画と、

大島渚などの日本の独立プロ系作家、そして加藤泰、山下耕作、マキノ雅弘などのヤクザ映画の

映画監督たちに傾倒していた。

コジン=個人教授.jpg

僕はルルーシュ、アンリコ、ボワロンなどのヨーロッパ系抒情派の映画監督たちが好きで

映画の守備範囲は違っていたが、Mさんの映画論は面白く、いろいろなことを教えてくれた。

そして、「ワレワレワァ・・・」という、学生運動家独特の話し方が大人っぽく思えた。

Mさんのアパートに行くと、カミュ、サルトル、ロートレアモン、ポール・ニザンなどの仏文の書籍や

「キネ旬」「映画評論」「映画批評」「季刊FILM」などの映画雑誌が並んでいた。

レコード棚には、クラシックレコードの片隅に岡林信康のLPが入っていた。

高校2年生の冬、映写室でフィルムの巻き戻しをしていると、Mさんが僕に言った。

「高校卒業したら、俺と一緒にイタリアの映画大学へ行こうぜ」

映画の大学があるなんて知らなかった。

しかもイタリア?

唐突な誘いに一瞬戸惑ったが、あいまいに肯いた。

ボローニャにある国立映画学校は増村保蔵など日本の映画監督も卒業しているらしいのだ。

著名な映画監督が卒業した映画学科は、USCやNYUなどもあったが、

その頃の映画の潮流は、アメリカよりもヨーロッパだったのだ。

短絡的だが、映画学校なるものに留学することにすれば進学問題から解放されると僕は思った。

高校3年になり、同級生たちは受験勉強モードに入っていたが、

僕にはイタリアの映画学校に行くという目標があるから、焦ることもなく映画を観ていた。

ところが、しだいにMさんはイタリア留学の話を僕にしなくなった。

ある日、映写室に入るとMさんが僕を待っていた。

「高知の市役所に就職が決まったんだ」

「就職?・・・イタリア留学は?」

「ひとりで行ってこい」

「・・・。」

映画青年で学生運動家でもあるMさんが、高知の市役所へ就職するという話はショックだった。

革命はいったい何だったんだ。

取り残されたような気分とともに、いままで放っておいた進学問題が僕の中で少しずつ

膨らみはじめた。

すでに10月の半ばを過ぎ、バイト先の映画館は「時計じかけのオレンジ」を上映していた。

イタリア留学計画が中止になっても、受験勉強モードにはならず、

憂鬱な気持ちを抱えながら僕は映画ばかり観ていた。

今更、受験なんてできないし、卒業後は正式に映写技師の資格をとって映画館で働こうと

考えていた。

高校の担任も完全に僕を見放していた。

担任に進路を聞かれた時も、イタリアの映画大学に行くつもりです、と開き直った。

すると、映画学科のある大学は日本にもある、と担任が言った。

知らなかった。

進学できるかどうかも微妙だったので、僕は映画館でのアルバイトを続けた。

その頃上映していた映画は「ラストショー」という作品だった。

ラストショー.jpg

田舎町に住む高校生の夢と挫折を描いた作品で、自分の心境と同じようなものを感じた。

翌春、映画学科のある日本の大学へ僕は滑り込むように入学した。

映画館でのアルバイトは思い出が尽きない。

あの頃の映画。あの頃の感動。あの頃の輝き。

Mさんがアパートでよくかけていた岡林信康を久しぶりに聴いてみた。

「私たちの望むものは」

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コメント 49

kujigawanoayu

「男と女」、「個人教授」、映画館で見ました。(^^)
by kujigawanoayu (2012-07-06 20:56) 

cafelamama

kujigawanoayu さま
僕は茨城出身でひたちなか市に住んでいます。
「男と女」、「個人教授」は、
水戸の映画館でご覧になったのでしょうか。


by cafelamama (2012-07-06 21:09) 

kujigawanoayu

現在、水戸市に住んでいます。
当時は高校生で、福島県郡山市の映画館で見ました。
by kujigawanoayu (2012-07-06 21:22) 

cafelamama

kujigawanoayuさま
コメントありがとうございます。
高校時代の僕のバイト先の映画館は
水戸の宮下銀座の先にありました。
もちろん、今はなく、駐車場になっています。
by cafelamama (2012-07-06 21:39) 

ハマコウ

シネコンでない地方の映画館で働く人の
映画に対する思い入れは強く熱いものですね
いいなあと思います
by ハマコウ (2012-07-06 22:41) 

(。・_・。)2k

高3の夏休み頃からの
心の葛藤って 今思うと不思議ですよね
なんでも出来るんじゃないかという
訳の分からない自信と
どうやって 大人の仲間入りすれば良いのかという不安
いまでも 懐かしく思い出します

by (。・_・。)2k (2012-07-06 23:01) 

hatumi30331

懐かしい映画ですね〜♪
by hatumi30331 (2012-07-06 23:13) 

song4u

大学受験の頃でしょ?
ぼくなんか、考えてるフリして何も考えてなかったですね。
ちゃんとした目標があるわけじゃない、流れに身を任せるような受験勉強
・・・とでも言えばいいのかなあ。
でも、それが却って功を奏すから、人生狂っちゃうわけですよね。(笑)

ま、だけど、あの頃は社会全体に余裕があったような気がします。
少々駄目なことがあっても、奈落の底に落ちるようなことは無かった。
駄目だ駄目だとは言っても、まだ拾う神が居たような気がします。
きっと今だって、そう変わってないんじゃないかと思うんですけどね。
と言うか、そう思いたいんですけど。(甘いかなあ?^^;)
by song4u (2012-07-06 23:28) 

cafelamama

ハマコウさま
地方都市のシネコンは、クルマで行けて好きな映画が選べるので
便利ですが、僕にはしっくりこないところがあります。
上映はすべてコンピュータで設定されているのです。
だから、映写技師もいないんです。
なんとなく味気ないですね。
by cafelamama (2012-07-06 23:31) 

cafelamama

hatumi30331さま

懐かしいと思えるのは、たぶん同世代なんでしょうね。
by cafelamama (2012-07-06 23:43) 

cafelamama

2kさま
あの頃の葛藤は、僕も懐かしく思います。
葛藤しつつも根拠のない希望がありました。
若さとか勢いとか、そういうものもあったし、
逃げる場所も今よりはあったんだと思います。
by cafelamama (2012-07-06 23:52) 

tamanossimo

「いちご白書」(映画じゃなくてフォークソングのほうよっ)みたい・・・
切ない・・・・
by tamanossimo (2012-07-06 23:56) 

cafelamama

song4uさま
>あの頃は社会全体に余裕があったような気がします。

僕も、駄目なら映画館や劇場に帰ればいいという感じがありましたね。
喫茶店やジャズ喫茶も、そういう場所だったかもしれません。




by cafelamama (2012-07-07 00:14) 

cafelamama

tamanossimoさま
♪学生集会へも 時々出かけた
就職が決まって 髪を切ってきた時
もう若くないさと 君に言い訳したね

あぁ、Mさんは、そういう心境だったかもしれませんね。
by cafelamama (2012-07-07 00:19) 

末尾ルコ(アルベール)

とてもとても興味深いお記事です。
わたしはリアルタイムではありませんが、カミュは今でもしょっちゅう読んでいます。
サルトルよりカミュの方が普遍性があるかな、と。

またコメントさせていただきますが、ここは次のことをお伝えしたいと。

アヌーク・エーメは「完璧な女優」の一人ですね。
若き日の美しさはもう別格…(「火の接吻」など)

                                RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2012-07-07 00:44) 

tommy88

岡林信康の歌にアラバマを旅するものがあって、あったように思って、アラバマに傾倒して10年前に移住計画を立て挫折しました。投資額を回収できず泣きを見る小市民。

「時計仕掛けのオレンジ」はだいたいが1週間程度で打ち切りだったはずです。私一人しか映画館にいないのだから当たり前だと思います。しかしあのバイオレンスの構造、よく理解できました。私の暴力の原点とまでは言わないけれど、終焉に向かう暴走を加速させたかもしれません。

憧れたあの人が就職を決めるのが「挫折」に映るほど、当時の「革命」という言葉には魔性の香りと妖しい魅力がありました。進路なんてものを、一律に同じ年齢になれば当たり前のように決めて行くという構造が、本当はおかしいのであって、私は自分の無茶苦茶な生き方が正しかったのだと、思おうとしています。

だから、という文脈で続けていいのかわからないけれど、cafelamamaさんの感性だとか香り、文体も好きになります。お気に入り。nice!

映画っていいですよね。
「いちご白書」なんて、燃えて燃えて、バフィーセントメリーの歌うサークルゲームなんて熱唱しましたぜ。アグネスチャンが歌えばちゃっちいけれど。
by tommy88 (2012-07-07 05:38) 

rtfk

市役所に就職・・・
その後はきちんと?公務員人生を送られたのでしょうか。。。
心の片隅に何かの澱を抱えていらっしゃるでしょうね。。。
ベタですがいちご白書をもう一度の歌詞を思い出しました^^)
自分の高校3年制の時・・・中国地方の片田舎で
バンドに明け暮れていたので夏休みから慌てて受験勉強をして
とにかく遠くへ行きたくて東京へ出てきて・・・。
今は単身赴任で東京です(^^)

by rtfk (2012-07-07 06:55) 

cafelamama

末尾ルコさま
コメントありがとうございます。
Mさんのアパートに並んでいた仏文の書籍に僕は憧れました。
大人になってこういう文学が判るようになりたいと思いましたが、
今になっても、ろくに読んでいません。

アヌーク・エーメ、いいですね。
存在するだけで完璧だと思える女優です。

by cafelamama (2012-07-07 08:25) 

cafelamama

tommy88さま

岡林さんの歌にそういうのがありましたか。
ニール・ヤングにも「アラバマ」という曲がありましたね。
アラバマ移住計画の話、今度記事で読ませてください。

>当時の「革命」という言葉には魔性の香りと妖しい魅力がありました。

僕は学生運動には関心があまりなかったのですが、
「革命」という言葉には正気を失ってしまうような怪しい魅力を感じていました。

>進路なんてものを、一律に同じ年齢になれば当たり前のように決めて行くという構造が、本当はおかしい

まったく同感です。あの年代はドロップアウトしやすかった時代だったかもしれません。
今のニートとも少し違うようにも思います。
自分の生き方がよかったのかどうかはわかりませんが、
正直に生きてきたつもりだし、これからもそうありたいですね。
by cafelamama (2012-07-07 09:51) 

cafelamama

rtfk さま

Mさんとは今でもたまに連絡を取り合っています。
健全に公務員人生をまっとうし、登山を始めたらしく
日本百名山に挑戦しているとのことです。
イタリア映画学校の話に、僕がのせられてしまった話も
今では笑い話です。
映画を作ることはできなかったけど
ただの映画好きな高校生が、CMディレクターになったのも、
Mさんの存在があったからだと思っています。
by cafelamama (2012-07-07 09:59) 

DEBDYLAN

静岡市には去年まで単館の映画館が並んでる通りが繁華街にありました。
今は移転してシネコンに。
便利だけど味気ないなと思います。


by DEBDYLAN (2012-07-07 11:28) 

okin-02

こんにちは
何時も・訪問 nice!コメント有難う御座います。
我が町、映画館が無いので・見る機会も殆んど無いですが・・・
大画面の迫力は良いですよね(^0^)。
by okin-02 (2012-07-07 14:42) 

八犬伝

時計仕掛けのオレンジ
岡林信康
あの頃の時代の話
なんだか、懐かしく読ませていただきました。

高知の市役所に就職
髪を切っていったのでしょうね。
by 八犬伝 (2012-07-07 15:04) 

そらへい

大学受験の頃って、本当に多感ですよね。
人生で一番いろんなことを考え、
悩む時期ではなかったかと思います。
高知の市役所に行かれた方
当時そういうパターンは多かった気がします。

本当に今は映画と言えば、アメリカ映画を指すほどですが
あのころはヨーロッパ映画多かったですよね。
叙情性のかった作品が多かった気がしますがそれだけ映画界が多彩だったと言うことしょうね。70年代から今のアメリカ映画の繁栄がはじまったのでしょうか。
「男と女」はニーノ・ローターの映画音楽があまりに有名で「個人教授」
どうよう映画の内容忘れてしまいました。
私の周りにも映画の熱心なファンだったり、映画作りに情熱を傾けたりしている人が何人かいましたね。みんなどうしているのでしょうね。
by そらへい (2012-07-07 18:13) 

beny

記事の中で夢中になったキーワードがあります。特にパゾリーニ。
アポロンの地獄、 テオレマ 、 王女メディア、 デカメロン Il、カンタベリー物語 、 アラビアン・ナイト 、 ソドムの市 。
当時VHSにダビングして繰り返し見てました。パゾリーニの最後は悲惨でしたね。
 ラストショーも良かったです。最後のカウボーイ・ベンジョンソンが良かった。強いアメリカの終焉を象徴するかのようなイージーライダー、ソルジャーブルー、愛すれど心さみしく、泳ぐ人なども好きでした。

by beny (2012-07-07 20:22) 

リキマルコ

岡林信康を高校の頃聞いていました。なにがいいとか好きとか理由はまったく無くて、でもひたすらに聞いていたときがあります・・・懐かしいです♪
by リキマルコ (2012-07-07 21:07) 

めい

良い思い出ですね
cafelamamaさんの輝きが伝わって来ます
紹介されている映画全部観てます♪
ヨーロッパ映画全盛期でしたね
私はアランドロンが好きでした
by めい (2012-07-07 23:01) 

はなだ雲

コメント残されている皆さん、話題豊富で奥深い・・
圧倒されました~
cafelamamaさんの記事に、触発されて
なにか自分も語りたくなってくる
そんなミリョクのある記事ってことだと改めて感じました
by はなだ雲 (2012-07-08 02:15) 

momiji

画期だった懐かしい時代、曲ですね(^^)
by momiji (2012-07-08 15:42) 

cafelamama

DEBDYLANさま
そうですね。僕もシネコンは味気なくて。
映画は街の中で観たいです。
by cafelamama (2012-07-08 19:47) 

cafelamama

okin-02さま
同じ映画でもスクリーンで観ると、ちょっとちがいますよね。
集中力も増すし、情感も増しますね。
by cafelamama (2012-07-08 19:49) 

cafelamama

八犬伝さま
今思えば、Mさんは就職する前、たしかに髪を切っていたように
思います。
いきなり、七三ではなく、長かった髪を全体に短くした程度でしたが。
by cafelamama (2012-07-08 19:53) 

cafelamama

そらへいさま
あの頃僕は、大学進学という問題から逃げるために
映画館の暗闇の中に身をおいていたような気がします。
悩んでも仕方がないので、また映画を観る、という繰り返しでした。

Mさんとは、今でも年賀状のやり取りをしています。
おたがいに、昔のことには触れず、近況を連絡しています。
僕の思春期の自己形成段階で、Mさんからはそうとう影響を
受けた部分があると思っています。
彼が公務員になったことも、今なら分かる気がします。
10年ぐらい前に、高知を訪ねMさんに会いました。
昔のように映画について語るMさんの姿を見て、僕はうれしくなりました。
ああ、変わっていないんだな、と。

by cafelamama (2012-07-08 20:13) 

cafelamama

benyさま
当時、パゾリーニは相当人気のあった監督ですね。
Mさんに影響されて、僕も夢中になって彼の作品を追いました。
アメリカでニューシネマ旋風が吹き荒れていたころ、
ヨーロッパではパゾリーニやアントニオーニ、フェリーニ、トリュフォーなどが、気を吐いていました。
benyさんは「ソルジャーブルー」「愛すれど心さみしく」「泳ぐ人」などを
観ているようですが、そうとうな映画マニアですね。
3本とも隠れたニューシネマの名作だと思います。

by cafelamama (2012-07-08 20:19) 

cafelamama

リキマルコさま
リキマルコさんが岡林を聴いていたというのは意外でした。
吉田拓郎が人気になっても、僕は岡林ばかり聴いていました。
by cafelamama (2012-07-08 20:32) 

cafelamama

めいさん
僕もアラン・ドロンが大好きです。
たんなる二枚目俳優ではないのに
日本ではアラン・ドロンの評価が低いのが不思議でなりません。
フランスの名だたる監督やヴィスコンティがアラン・ドロンを起用して名作を作っています。
アラン・ドロンがそれらの名作にどれだけ貢献しているか、もっと再評価されるべきだと思っています。
by cafelamama (2012-07-08 20:38) 

cafelamama

はなだ雲さま
コメントありがとうございます。
昨日のことは忘れてしまうのに、
思春期の思い出は、鮮明に覚えているんです。
こまったもんです。〈苦笑〉
by cafelamama (2012-07-08 20:53) 

cafelamama

momijiさま
1970年代は、面白い時代だったと思います。
映画も音楽も、そのほかサブカルチャーも、活気に満ちていました。
by cafelamama (2012-07-08 21:01) 

ネオ・アッキー

cafelamamaさんこんばんは。
以前の記事に宮下銀座の事を記事にされていたようですが、そこに東映の映画館があり、高倉健の映画を上映されていたと聞いた事があります。 新水戸会館の中にも小さな映画館があったそうですね。
by ネオ・アッキー (2012-07-08 22:50) 

cafelamama

ネオ・アッキーさま
新水戸会館1Fにあった「オデオン座」が
僕がバイトをしていた映画館です。
ネオ・アッキーさんは水戸の方ですか?

by cafelamama (2012-07-08 23:51) 

夏炉冬扇

お早うございます。
お話に引き比べると高校時代の「私」は「平凡」で灰色でしたね…
by 夏炉冬扇 (2012-07-09 07:38) 

cafelamama

夏炉冬扇さま
田舎の漁師町で暮らしていたので、
外国映画の世界が僕にはとてもまぶしく映りました。
by cafelamama (2012-07-09 08:06) 

ryuyokaonhachioj

今日は、チョウの記事に、コメントをありがとう
ございました。
by ryuyokaonhachioj (2012-07-09 16:27) 

リキマルコ

cafelamamaさん、今日お化けのようなズッキーニを収穫しました^^;
3日もほったらかすと畑は恐ろしい状態になりますね・・・(-0-;)
by リキマルコ (2012-07-09 21:10) 

sigedonn

こんばんは。
読ませていただいて「ふーっ。」と、小さく息をもらしました。

岡林さんは好きで、嫌いです。
by sigedonn (2012-07-09 23:36) 

cafelamama

>岡林さんは好きで、嫌いです。

なんとなくわかるような気がします。
by cafelamama (2012-07-10 16:26) 

末尾ルコ(アルベール)

実はわたしも「生涯ベスト」に挙がる映画は繰り返し鑑賞が可能なものばかりです。笑

                           RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2012-07-11 05:55) 

リキマルコ

畑のトマトがちょっと色づいてきましたよ(〃^ー^〃)カラスに狙われる前に収穫しないと(^_^;)
by リキマルコ (2012-07-12 16:38) 

SILENT

岡林の「月の夜汽車」大好きでよく聴いています。
美空盤も好きですが
映画ラストショーの少年達も良かったですね
by SILENT (2012-07-19 08:55) 

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